院長紹介します

 

 

フォークリフト運転したい! 

 

先日テレビで大型のスーパーでお笑いをするという番組を観ていたらフォークリフトのシーンが出て来ました。

 

フォークリフトというのは爪と呼ばれる鉄の板状の物が前方左右2箇所に有り、その爪をパレットの穴に入れて重い荷物を運ぶ為の乗り物で、20年程仕事で乗っていました。

 

今でも工場や大型スーパーの倉庫などで見ることが有りますが、その度にまた乗りたいなと思うこの頃です。 

 

しかし、今は視力が悪く視野が狭くなった私には叶わない事です。 

 

 

 

失明!?障害者!? 

 

 眼の病気が分かったのは、仕事の作業中同僚がフォークリフトの爪を丁度目線の高さに挙げたままにしていたのに気付かず、眼をぶつけて怪我をし、眼科に診てもらった時でした。

 

怪我は特に大丈夫でしたが他に眼の病気が有るかもと、再検査で網膜色素変性と言う、徐々に視野が狭くなり視力も悪くなりいずれは失明する治らない特定疾患だと言われました。

 

眼科で視覚障害者としての申請をすると白杖等の補助があるから申請して方が良いと言われ障害者手帳を貰いました。 

 

何故か障害者になることに違和感はなかったです。 

 

 

 

岩手から所沢へ、そしてマッサージへ

 

車も、自転車も、勿論フォークリフトも乗ってはいけないと言われ、家族を養う為に今後の仕事をどうしたら良いか悩み、包括センターやハローワーク等で相談する日々が続きました。

 

その中で、様々な障害を持っている人との交流の場で、それぞれ色んな悩みを持っているのが分かり励まされました。

 

そんな折、マッサージの仕事の事を知り、最初は見えない人がやるものだと思ってましたが、聞いていくうちに会話が好きで、身体を使う仕事をして来て体力に自信を持っていた私には合ってるかもと思い、家族を説得して岩手から所沢に引っ越して来ました。 

 

国立リハビリテーションセンターであん摩マッサージ指圧師、はりきゅう師になる為に人生で1番勉学に励みました。

 

やるからには中途半端にならないようテストでは満点を目指す為に長期休みや土日、放課後も学びました。

 

夜、お酒を呑みながら勉強していてグラスをノートパソコンにこぼした事も有りました。 

 

国リハに通っている時は余暇も楽しむ為に軽音楽部に入りギターを弾いてました。

 

双子の女の子が保育園に通っていたので送り迎えもし、とても楽しく生き甲斐を感じて充実した日々を過ごしました。 

 

卒業後、様々な年代の人をマッサージする機会が有り、プロとしての意識が向上し、自分なりの手技を考案して患者様に喜んで貰えました。

 

そこで訪問マッサージの事を考え、ゼロからのスタートする事に意義を感じ今、このひなたで働いています。 

 

まだまだこれからですがここでもやり甲斐を感じ、院長としても日々精進して行きたいです。