【追悼と気づき】長嶋茂雄さんの逝去に寄せて

ひなた訪問鍼灸マッサージ代表の中村です。

 

2025年6月3日。
国民的スターであり、日本野球界の象徴でもあった長嶋茂雄さんが、この世を去られました。

報道によると、肺炎とのことでした。

89歳でした。

 

私は昭和49年生まれ。

選手のころの“ミスター”を直接テレビで観た覚えはなく、

監督としての“ミスター”を巨人と共に、学校や家庭でも語られる存在でした。

「野球はよくわからないけど、長嶋さんだけは知ってる」

という人も多いほど、その影響力は計り知れません。

 

その訃報を知った瞬間、深い喪失感とともに、

「あの人の人生を通じて、私たちは何を学んできたのか」という思いが込み上げました。

そして同時に、訪問鍼灸マッサージに携わる立場として、

「高齢化と病、そして生き方」について改めて考えるきっかけにもなりました。

 

脳梗塞からの復帰劇と「リハビリ」の尊さ

長嶋さんは、2004年に脳梗塞を発症し、

一時は言葉を発することも困難になりました。

 

しかし、その後懸命なリハビリを経て、

車椅子に乗りながらも少しずつ言葉を取り戻し、

笑顔を見せる姿が報道されるようになります。

 

この「再び人前に出てくる」という行為は、

言葉にすると簡単ですが、

当事者やご家族にとっては想像以上に大きな決断と努力の積み重ねです。

 

実際、私たちが訪問施術で関わっている方の中にも、

脳梗塞や脊椎疾患、パーキンソン病などの後遺症で苦しんでおられる方が多くいらっしゃいます。

 

そのリハビリの支援として、訪問鍼灸マッサージは大きな役割を担っています。
マッサージによる筋緊張の緩和、

関節可動域の維持、

鍼灸による血流促進や神経調整。

 

これらを通じて、身体の回復力を高め、

「またもう一歩、できることが増えた」という実感に寄り添うことができるのです。

 

「挑戦し続ける姿勢」が支える力になる

長嶋さんが晩年、どんなに言葉が不自由でも、

記者の問いに頷いたり、家族に笑顔を見せたりする姿は、

「症状があっても人は挑戦できる」という強いメッセージを感じさせました。

 

私たち施術関係者は、こうした「本人の意思」に寄り添う存在でありたいと思っています。

たとえ言葉がうまく出なくても、

目の動き、手の動き、呼吸のリズム、表情——

そこには多くの「伝えたい」が込められています。

 

それを読み取ることも、訪問関係者としての大切な役目だと日々感じています。

また、ご家族にとっても、介護に追われる日常のなかで

「何をしてあげられるのか分からない」という不安を抱える方が少なくありません。

 

そんなとき、私たちが「毎週来る誰か」として存在することで、

気持ちの面でも安心していただけることがあります。

 

高齢化社会の中で、私たちにできること

日本は今、急速な高齢化社会に向かっています。

85歳以上の人口が1,000万人を超える日もそう遠くはないと言われています。

 

そのなかで、長嶋さんのような国民的存在が、

高齢になり、病と向き合いながら生きた姿は、

これからの私たち全員の未来に重なります。

 

「最期までその人らしく生きる」こと。
「自分の声を、存在を、失わずにいる」こと。

 

訪問鍼灸マッサージは、その実現に少しでも貢献できる医療の一つであると、私は信じています。
長嶋さんの晩年の姿は、まさに“生きる力の象徴”であり、

我々にその使命を再確認させてくれたように思います。

 

最後に

今回の訃報を通じて、改めて

「人は、どんな状態にあっても前を向ける」

という希望を教えていただいた気がします。

 

私たち「ひなた訪問鍼灸マッサージ」は、

そんな前向きな気持ちを支える“陽だまり”のような存在でありたいと願い、

日々の施術に取り組んでいます。

 

雨の日も、風の日も。

 

寝たきりになっても、声が出せなくなっても、

誰かのそばに「あなたをわかろうとする人」がいれば、

それだけで人生は豊かになるのではないでしょうか。

 

長嶋さん、本当にありがとうございました。
あなたの人生から、私たちはたくさんのことを学びました。

 

そしてこれからも、その教えを胸に、

一人ひとりの「その人らしさ」を支えていきたいと思います。